仕事をやめるのではなく、形を変えて続けること

前編から続く、大澤さんの話。
介護と育児が同時に始まった日々を、イラストやマンガで発信し続けている大澤奈保子さん。
前編では、父の看取りから始まった同居、コロナ禍で気づいた母の異変、そして認知症の診断と介護離職までの道のりを振り返りました。
後編では、その先 -フリーランスとしてどう仕事をつくり、続けてきたのかを聞きます。
※この記事は後編から読んでいただいても、大澤さんの状況と働き方の考え方が伝わるように構成しています。
フリーランスという選択の、現実

※年表について
この年表は、大澤さんがご提供くださったものです。父の看取りから始まり、同居、コロナ禍での異変の察知、認知症の診断、介護離職、そして妊娠・出産を経て、フリーランスとして独立されるまでの、まさに激動の日々が凝縮されています。
37歳で会社を辞めたとき、大澤さんの頭にあったのは「介護が落ち着いたら、また再就職できる」という気持ちでした。
フリーランスとして独立しようと、最初から決めていたわけではありませんでした。
でも、辞めた途端に妊娠がわかります。
介護と育児が、同時に始まる。
「ダブルケア」という現実が、こうして大澤さんの日常になっていきました。
不安は、収入面にもありました。フリーランス1年目での妊娠だったため、産休によってそれまでの実績が白紙に戻ってしまうかもしれない。せっかく獲得したお取引先が離れてしまうのではないか。そして、会社員のような育休中の給付金がないという現実。
それでも、「続ける」ことを選びました。
最初の仕事は、関係性から生まれた
独立のきっかけは、自分から営業をかけたことではありませんでした。
介護離職することを、以前から付き合いのあったクライアントに事前に話していました。そのクライアントから、離職のタイミングで声がかかります。
「定期的にはお願いできないけど、スポット的に動いてくれる人が欲しい」
ニーズがちょうど合ったのです。
報酬は相場より低かったといいます。それでも大澤さんは、その仕事を続けることを選びました。
事前に伝えることが、信頼になる
突然、仕事を続けられなくなる可能性が出てきた大澤さん。
当初は、スキル販売のテレビCMを見て「失敗してもいいから趣味程度にやってみよう」と思い立ったそうです。
その目的は「稼ぐこと」よりも、介護以外のことで社会と繋がることでした。
しかし、実際に始めてみると、これまでの経験で培ってきたスキルを多くの方に評価していただけたことで、収入だけでなく自信にも繋がっていったといいます。
この意識の変化(趣味から、スキルとして評価される喜びと自信)を経て、大澤さんは「事前にクライアントに(ご自身のスキルやサービス内容、提供できる価値などを)伝える」姿勢に変わったそうです。
このプロ意識は、スキル販売のプロフィールにも明確に記されています。

大澤さんは、状況を恐れずに伝えることで、結果として多くの人が共感し、寄り添ってくれると言います。そのおかげで、急な休み必要になっても理解を示してくれる、良好な関係のクライアントが残るそうです。まずは自分の状況を正直に伝えることが、依頼者にとっても安心感につながるでしょう。
例えば、ある時大澤さんは「こういう状況なので、急なご依頼には対応できない場合があるかもしれません。それでもよろしいでしょうか」と伝えたことが、長期的な関係構築の鍵となったそうです。
細く長く、割合を変えていく
今は少なくていい。落ち着いたら、増やしていけばいい。
大澤さんが大切にしてきたのは、そういう考え方です。
社会とつながっていたい。そして、手を動かし続けていたい。
仕事の量より、続けることを優先する。その積み重ねが、少しずつ仕事の幅を広げていきました。
場所を変えることが、気持ちを変えた

※イラストは、大澤さんがご提供くださったものです。コワーキングスペースでの日常が描かれています。
母がグループホームに入所してから、自宅での仕事が難しくなりました。
料理をしていた台所、いつも座っていたソファ。家のあちこちに、母との記憶が残れていました。気配を感じるたびに、手が止まってしまう。
そこで選んだのが、利用し始めたのは、「非営利型株式会社Polaris」〈https://polaris-npc.com/〉 が運営するコワーキングスペース。
「ママとしてではなく、私として働ける場所を作りたい」という思いで立ち上げられたその場所に、大澤さんは自分との共鳴を感じたといいます。
フリーランスは、働く場所を自分で選べます。場所を変えることで気持ちを切り替え、そこで出会うフリーランスや経営者との自然な意見交換が、新たな仕事のつながりにもなっていきました。
諦めないで、続けてみる
フリーランスの仕事は、営業をすれば必ず取れるものではありません。
「仕事を取らなければ」と力むより、視点を少し変えてみる。
うまくいかない時期も、少し踏ん張って続けてみる。
出来事は、重なるようにやってきます。
それでも、形を変えながら続けていくことが、道をひらいていく。
交流会に参加したとき、知人との他愛のない会話。そういうところから、思わぬつながりが生まれることもあります。
ケアを抱えながら、フリーランスとして働き続けるために大澤さんが実践してきたことは、決して特別なことではありません。状況を正直に伝え、細く長くつなぎ続け、視点を変えながら踏ん張る。その積み重ねが、今の大澤さんの働き方をつくってきました。
ただ、仕事の工夫だけがすべてではありませんでした。その土台には、もうひとつの支えがあります。
第三弾では、大澤さんのパートナーシップに焦点を当てます。話し合える関係性がどのようにして育まれたのか。仕事と家庭のバランスを保つための、もうひとつの土台を見ていきます。
大澤さんのダブルケアの日々や活動は、各SNSでも発信中です。ぜひのぞいてみてください。
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